50音ショートショート

50音分のタイトルで短編を書き終えれたら、関係ないけどとりあえず仕事やめようと思う(-A-)

終わりの終わりに

凍てつくような真冬の朝、会社に行くまでの道のりで突然酷い衝撃を背中に受けた時、「あぁ怨念に遂に追い付かれたのか」と直感した。
まず最初に浮かんだのはストレスを理由に仕事を辞めた後輩の顔だった。

「もう僕無理っぽいです。」
白い息を吐きながら冗談のように笑う彼の言葉が冗談でないことぐらい疎い私にもすぐにわかった。それが彼なりの必死のSOSだったことも。だけど私には向き合う余裕も、また優しさもなく、その振り絞るかのようなサインをなかったことにして笑った。なんと答えたかも覚えていない。
その後彼が亡くなったらしいと耳にした。やけに強調された「事故で」という言葉が不自然に社内を巡回していた。


衝撃が消えて、あたりが静かになる。
息苦しさに耐えきれず口を開く。冬特有の枯れ葉や湿った土の匂いを含んだ空気が身体に力なく入ってくる。


次に浮かんだのは去年別れた恋人の顔だった。
とても優しい人だった。そして、本気で私を愛してくれているのがよくわかっていた。私はそんな彼を愛し、そして生涯大切にするべきだった。そうあるべきなのはわかっていた。
しかし、付き合い始めて2年たった凍えるような朝、突然「欲望」としか表現できない感情が私の中でむくっと芽をだした。私は、私を信じきった彼の、私に裏切られた時の顔が見たくなったのだ、どうしようもなく。
そんな欲望はさらに3年かけてより膨らんだ。
愛はいつか風化する。だけどそれが傷になった場合、もっと長く彼の中に残れるんじゃないか。いつか誰もが私を忘れる日が来ても、彼はふとしたとき思い出してくれるんじゃないか。
誤った理屈なことはわかっていた。でも、止めることのできない衝動だった。
付き合って5年目、雪の降る夜、私は彼を深く、深く、念入りに、傷付けた。
何の戸惑いもなくやり遂げた自分が、私が管理していたはずの身体から随分遠いところに行ってしまったようで、寂しくて、少しだけ涙がでた。


冷えきっていたはずの身体が少し温かくなる。太陽が照ってきたのだろうか、空を見上げようとするが愛想のないコンクリートの地面しか見えない。
誰かが遠慮がちに私に触れる。


私の頭には次々と泣きそうな、すがるような目をした人たちの顔が写し出される。私が傷付け、追い込み、救わなかった人。私をしっかりと覚えているであろう人。
それを望んでいたはずなのに、いつしか怖くなっていた。
だから必死に前だけ見て走っていた。
だけどついに追い付かれてしまったのだ。
皮肉にもこんなにも寒い、大嫌いで、そして抱き締めたくなるぐらいたまらなく好きな冬の朝に。

もう温かさも冷たさも感じない。
こんなにほっとした気分で消えていくなら、もっと真剣に誰かと向き合えば良かった。愛せば良かった、「死にたくない」と足掻けるぐらい、人を愛せば良かった。

身体にまとわりつく優しい怨念たちにむけ、血だまりの中で私はくすっと力なく笑う。