50音ショートショート

50音分のタイトルで短編を書き終えれたら、関係ないけどとりあえず仕事やめようと思う(-A-)

(さ)サイエンス・フィクション

【2014年 ラーメン屋にて】

岡山宏が昨日と全く同じ店で、昨日と全く同じ塩ラーメン定食を注文したのを見て、僕は、おや、と思った。
そういえば、今日の岡山は、いつもの色褪せたパーカーとジーンズではなく、彼にあまり似合わない紺色のポロシャツとワイン色のチノパンという、見覚えのないコーディネートをしている。
普段ボサボサな髪も、今日は整えられており、ワックスまでつけている。
岡山の様子をこっそりうかがいながら、「これはわりと手の凝ったイタズラだな」と、僕は心の中でため息をついた。

「それで、なんか俺に質問ないの?」
注文を終え、水を一口飲んだ岡山が言う。
「あぁ、えっと。なんだっけ、何年後から来たんだっけ」
僕もつられるようにして水を飲む。
昨日同様、この店の水はいつも生ぬるい。
「四年後だよ、四年後!真面目に聞いとけよ。俺は四年後から来た岡山宏!」

そう。今、僕の目の前にいる岡山宏は、四年後の未来から来た岡山宏、という設定らしい。

「四年後もお前はハイテンションなんだな」
「四年前もお前は冷めてるな」

僕と岡山は、大学1年生からの付き合いだ。
岡山は物理学部、僕は生命医学部と、学部こそ違うものの、下宿先の部屋が隣同士ということで自然と仲良くなった。そして、毎日何をするでもはく2人でだらだらつるみ続け、大学生活も残すところあと半年弱となっていた。

「未来から来たという俺に、お前は聞きたいことが沢山あるはずだ」
岡山はテーブルをばんばん叩きながら僕に質問を強要する。
「じゃぁ、四年後僕は何してんのさ」
「お前は、隅田製薬に勤めている」
「だろうな」
僕は既に隅田製薬に内定をもらっており、内定式も先週終わっていた。

「お前の質問つまんないんだよ。もっと聞くべきことが他にあるだろ。未来から親友が来る理由とかちゃんと考えながら会話してくれよ、まじで」
岡山が大きな声で喚く。
周りに迷惑になるのではと、僕はあたりを見渡したが、店内にさほど客はおらず、幸い誰も僕らを気にしていないようだった。

「あれだ、未来におこる僕の死を防ぎにやってきたとか?」
僕は適当に答える。
そもそも岡山は、一度何かをやりだしたら、他人に煙たがれようが迷惑がられようが自分が飽きるまでは決してやめない、傍迷惑で厄介なタイプなのだ。

「お前はシリアスなタイムトラベル小説の読みすぎだ。もっとポップでキュートな想定をしてくれ」
「岡山はポップでキュートなアニメばっか見てるから、そんなに頭の中お花畑になんだよ」
「お前は全世界のポップでキュートなアニメファンをたった今敵にまわしたぞ」

中身のない会話をしているうちに注文した定食がやってくる。
僕はさすがに昨日食べたばかりのラーメンを頼む気にもなれず、餃子定食を注文していた。
岡山は、「なつかしーなぁ!」という小芝居も忘れずに、早速ラーメンをすすりはじめた。
「ってかお前、昔はいっつも味噌ラーメン頼んでなかったっけ?なんで今日は餃子なの?」
麺を口に入れながら、未来から来た設定の彼は白々しく尋ねる。
「昨日もお前と行ったんだって」
僕は餃子を一口食べ、あまり腹が減っていないことに気づき、すぐに箸を置いた。

「で、結局岡山の目的はなんだよ。大事な話っていうから来たんだけど、いつもの悪ふざけなら卒論書きに帰りたいんだけど」
「悪ふざけじゃないって。俺はお前のためにわざわざ時空を超えて来たんだぞ。なんでだと思う?」
「僕をからかうため」
「お前を運命の相手と結びつけるためだよ」
岡山は、口に詰め込んだ米をラーメンの汁で流し込みながら、堂々と言う。
「いいか、これが決め台詞だぞ!」と主張する彼の心の声がダダ漏れて聞こえるぐらい、やけにはっきりした声に、僕はうんざりした。

「あぁ、そう」
「信じてないな」
「信じてる信じてる」
「まぁ俺の話をとりあえず聞け」
「お前がもったいぶってなかなか本題に入らなかったんじゃないか」
「まぁ聞け」
岡山はコップの水を飲み干すと、咳払いを一つして、芝居掛かったように小声で話し始めた。

「いいか、お前は半年後、運命の相手と出会う。もう、一目見ただけで「この人が運命の人だ!」とわかるぐらい、ビビッとくる。そんな人に出会うんだ」
「楽しみにしとくよ」
「まてまて、聞けって。本題はここからだ。お前は勿論その子に恋をする。好きで好きでたまらなくなる、病的なほどに。だけど、お前はその子と結ばれはしない」
「その子が不幸な死を遂げるとか?」
「その子はお前の友達の彼女だったからだ」
「ほう」
僕は、とりあえずまた餃子を一つ口に入れてみる。だが、やはり腹は空いていない。
岡山は気分がのってきているのか、それとも昨日食べたばかりのラーメンに飽きているのか、箸を置いて話し続ける。

「四年後、その子はお前の友達と結婚する。あ、この友達ってのは俺のことではないから安心しろ」
「安心した」
「おう。で、結婚式に招かれたお前は、美しい彼女のウエディングドレス姿を見て男泣きだ。もう俺にわんわん泣きつく。「あいつより先に僕が出会っていればーっ!」って具合にだ」
「お前に泣きつく未来なんて想像できないよ」
「それは、お前の想像力が乏しいからだ。とにかくお前は俺に泣きつくんだ。そして、心優しい俺は立ち上がる。過去を変えるために、四年前にタイムリープするんだ!」
「泣ける話だ」
「真面目に聞けよ」
「でも岡山、タイムリープってあれだろ。意識だけ過去に飛ばすってやつだろ?じゃぁ服装とか髪型までわざわざ変える小細工しなくても良かったんじゃないか?」
岡山はそのままの表情で数秒停止した。
そして、テーブルに乗り出していた身体を、硬い椅子の背もたれにゆっくり沈めさせた。
「お前って揚げ足取る天才だよな」
「ありがとう。ってことで茶番は終わりでいいか?」

僕は冷めかけたスープを飲み干し、餃子と岡山を残して席を立とうとした。
そんな僕を、岡山は何か策を思い出したかのように呼び止める。
「あ、そうだそうだ。お前は今日、本当は珈琲屋に行くつもりだっただろう?」
その言葉に、僕は動きを止める。
「お前は、大学の近所の珈琲屋カフェサンに行くつもりだった」
「…なんで知ってんだよ」

確かに今朝は、なんだか無性にカフェサンのコーヒーが飲みたかった。
そして、実際に岡山に呼び出されるまでは、そちらに行く気だったのだ。
このことを誰かに言った覚えはないし、その珈琲屋自体にも特段頻繁に通っていたわけではない。

「四年前…つまり今日。お前がカフェサンに行っているまさにその時。お前の運命の人はこのラーメン屋でお前の友達と出会うんだ」
岡山の言葉を真に受けたわけではないが、僕は思わずキョロキョロ周りを見渡す。
客層は先程から変わっておらず、その中に僕の知人も、ビビッとくる女の子もいない。

「お前の友達は俺が既に追い払っておいた。」
あたりを見渡す僕を見て、嬉しそうに岡山が言う。
「そいつが誰か知ってしまったら、お前は罪悪感に苛まれるかもしれないからな。これは俺の優しい配慮だ」
「お気遣いどうもありがとう」
「で、もうじき、あのドアをお前の運命の人が開ける。お前はその瞬間恋に落ちる」
調子を取り戻した彼は、得意げに僕の1メートル程後ろにある木製のドアを指差した。
茶番だとはわかりつつも、すっかり岡山のペースに流され始めた僕は、抵抗する気にもなれず、彼が指差すラーメン屋の入り口を大人しく眺め始めた。

1分とたたないうちに、ドアについている鈴が、チリンと軽快な音を立てた。
ドアがゆっくりと開き、少し冷たくなり始めた外の空気が僕の頬を撫でる。

それと同時に、「いらっしゃいませー」という気の抜けた定員の声が店内に響いた。

その女性は、長く伸ばした黒髪がとても綺麗な人だった。
背が高く、ジーンズが良く似合う。
彼女はゆっくりと視線を僕に向けた。
2人の目があった。
吊り目気味で真っ黒な瞳が、芯の強さを感じさせる。
綺麗だ、と思った。が、岡山が言うように「ビビッ」とは勿論こなかった。

「麻子ちゃん!奇遇!」
岡山が手をあげる。
「あれ、岡山先輩」
ヒールをコツコツ鳴らしながら、彼女が僕らのテーブルに近づいてきた。

「岡山、どういうこと」
僕は岡山をじっと睨む。
「彼女は俺の研究室の後輩の、三浦麻子さんです。いやぁ、奇遇だね。麻子ちゃん、良かったらここ座りなよ」
岡山が棒読みに言う。
三浦麻子は照れたように笑いながら、あっさり岡山の隣に腰をおろした。

あぁ、なるほど。そういうことか。
僕は岡山をまた睨んでから、彼女に「はじめまして」と挨拶をする。
岡山のシナリオにのるのは癪だったが、三浦麻子の感じの良い笑顔を見て、「まぁ、少しぐらいのせられてやってもいいかな」なんて、少しだけ思い始めていた。


【2018年 結婚式披露宴会場】

「いやぁ、ほんとおめでたいよな。全部俺のおかげだよなぁ」
既に酔いがまわっているのか、岡山が愉快そうに僕の肩を叩く。
「まさか麻子ちゃんと本当に結婚することになるなんてな。お前、一生俺に頭あがんないぞ」
岡山は四年前となんら変わらないテンションで声をあげて笑った。
永遠に続くかと思われた僕と岡山の縁は、就職を機にあっさり切れ、彼とこうやって話すのも四年ぶりだった。

「っていうか何で付き合ったって報告俺になかったわけ、俺が恋のキューピッドなのにさ」
「付き合ったのは卒業後だったし、そんなふうに恩着せがましくされるのが目に見えてたからだよ」
「ほんと、いつの時代もお前は冷たいよ」

結局四年前の茶番は、当時僕に好意を持っていた三浦麻子と、それを面白がった岡山の画策だった。
三浦麻子に僕を紹介する相談をしながら2人で飲んでいるうち盛り上がり、何故かあのような運命の人設定に落ち着いたのだという。
「でも、それぐらい印象強い出会いじゃないと、付き合えないと思ったの」
僕と付き合い始めてしばらく経った頃、三浦麻子はそう言って恥ずかしそうに笑った。

「あ、そうだ、岡山」
そろそろ会場の前方に設けられている新郎新婦の席に戻ろうかと思った時、僕はふと四年前のことを思い出した。
「馬鹿らしすぎて今までずっと聞けてなかったんだけどさ」
ワインを口に運ぶ岡山は、「あ?」と間抜けな顔をして僕の言葉を待つ。
「お前さ、なんであの時、俺が珈琲屋に行くつもりだったって知ってたの?」

僕の問いかけに、岡山はぽかんとしている。酔いがまわっているうえに、四年も前のことを思い出せるわけないか、と僕は取り繕うように笑った。
「覚えてなきゃいいよ。どうせテキトーだったんだろうし。じゃぁ、戻るな」
「あ、まてまて」
岡山が眉間に人差し指を当て、何かを思い出す素ぶりをしながら僕を呼び止める。
「覚えてる覚えてる、カフェサンのことだろ?俺、記憶力だけはいいからさ。あれ、テキトーじゃないぞ」
「じゃぁ、なんで?」
「麻子ちゃんに教えてもらってたんだよ」
「え?」

身体の中の何かがざわめいた。
これ以上彼の言葉を聞いてはいけない気がした。
しかし、動くことはできず、ただ岡山の次の言葉を待つ。

「あの日、お前と会う直前に麻子ちゃんから連絡きてさ。お前、ツイッターやってただろ?俺はやってなかったけど」
「あ、あぁ、やってたかも」
「麻子ちゃん、こっそりお前のツイッター見てたんだって。それでお前があの日、カフェサン行こうとしてる呟きを見て、俺に情報共有したってわけ」
「麻子が?僕のツイッターを?」
「あ、ちなみに四年前はこれ口止めされてたんだけど、もう時効だよな?別に好きな人のツイッターこっそり見るぐらい可愛いもんだよ」
秘密の話を楽しむように笑う岡山に曖昧な返事をし、僕はその場を後にした。

確かに当時、僕はツイッターをしていた。
だけど、自分でツイートすることなんて殆どなかったはずだ。
そもそも就活前にケータイの機種変をして以来、ログインもしていない。
そんな僕のツイッターを、彼女が見ていた?
更新なんてされていないはずの、そして全く僕の身に覚えのない呟きを、四年前彼女は発見した?
しかもそれは的中していた。

どういうことだろう。

さっきから身体中の血管を、どろっとした冷たい液体が流れているような違和感がある。
思考すればするほど、その液体は凝結し、大きな塊となっていく。

僕は少し1人になりたくなり、披露宴会場を出てトイレに向かおうとした。
何か忘れている記憶がある気がして、四年前のことを必死に思い出す。
回想に夢中になり、会場を出てすぐ、曲がり角を曲がってくる女性に気付かず、そのままその女性にぶつかってしまう。
「あ、すみません」
僕は謝りながら、ぶつかった衝撃で彼女が落としたハンカチを拾おうとした。
その時、無性に懐かしい匂いが鼻腔をついた。
僕は思わず、ハンカチを拾おうとしゃがんだ体勢のまま彼女の顔を見上げる。

時間が止まった、そんな気がした。
「お前は半年後、運命の相手と出会う。もう、一目見ただけで「この人が運命の人だ!」とわかるぐらい、ビビッとくる。そんな人に出会うんだ」
四年前の岡山の台詞が頭を駆け巡る。
「ビビッ」という古い表現に苦笑いした記憶まで鮮やかに蘇った。

「あ、あの、すみません」
彼女は、自分を見上げたまま立ち上がろうとしない僕に視線を合わせるように、そっとしゃがみこむ。

「あ、えっと」
頭の中が真っ白になった。
心臓の鼓動が煩い。

「ハンカチ、ありがとうございます」
彼女が僕の顔を覗き込みながら、にっこり微笑んだ。
その笑顔を見るだけで、身体中に電気が走ったような感覚に襲われる。
その初めての感覚に内心パニックになりながらも、「あぁ、これがビビッてやつか」と冷静に考えている自分がいた。

「あ、ごめんなさい。はい」
なんとか冷静を装って、僕はその白いハンカチを彼女に手渡す。
その瞬間、頭の中がぐらっと揺れた。
僕はしゃがみこんだまま額を抑える。
記憶の波が押し寄せてくる。
その波はあまりにもぼんやりしているくせに、とても 激しく、はっきりと僕の心を揺さぶった。
耳に音が届かなくなり、目の前が暗くなる。
すると、音のない映像が古びた映画のワンシーンのように頭の中で流れ始めた。

それは秋晴れの午前、珈琲屋カフェサンの店内だ。
僕はコーヒーを飲んでいる。
僕の正面には岡山がいる。
2人は何か話しているが、声は聞こえてこない。
僕らのテーブルの横を、1人の女性が通る。
その女性はハンカチを落とす。
白いハンカチだ。
岡山がそのハンカチを拾って、彼女を呼び止める。
彼女が振り返る。
「あれ、岡山先輩」
きょとんとした顔で僕らを振り返った彼女は、三浦麻子ではない。今、現実の世界で僕がぶつかった女性だ。
岡山が驚いたように彼女に話しかける。
この映像の中では、彼女以外の声は聞こえない。
「いいんですか?じゃぁご一緒させてもらおうかな」
岡山に何やら言われた彼女は、困ったように笑いながら、遠慮気味に岡山の隣に腰をおろす。
そして、正面にいる僕に優しく微笑みかける。
「はじめまして、私の名前は…」

「あの、大丈夫ですか?」
頭の中で再生されていたものと全く同じ声が、不安そうに僕に問いかける。
僕ははっとして立ち上がった。
「ご、ごめん。ちょっと目眩がして」
彼女もホッとしたように立ち上がる。
栗色の明るい髪をふわふわと巻いたタレ目の彼女は、麻子とは対照的な女性に見えた。
特別可愛いというわけでも、僕のタイプというわけでもない。
だけど、身体中が彼女を「好きだ」と叫んでいる。
そして、僕たちはどこかで確実に出会っていた。

「えっと、君は麻子の友達?」
声が震える。
「はい、大学時代の研究室の同期です。岡山さんの後輩です」
彼女はにこりと笑う。
僕は彼女を知っている。


「あの、僕たちどこかで…」
「あ、麻子!」
彼女が僕の後ろに視線を向け、その名前の女を呼ぶように手を挙げた。
永遠の愛を誓ったばかりのその名に、僕は背筋が凍るのを感じる。

「こんなところにいた」
麻子は僕の腕をそっと掴む。その声にはなんの感情も感じられない。
「そろそろ岡山さんのスピーチ始まるよ、2人とも戻ろ」
ハンカチの彼女から僕の視線を引き剥がすよう、麻子は僕の腕をぐいぐい引っ張り、彼女から遠ざけていく。

「あ、麻子」
「うん?なに?」
腕を引かれる僕の視界には、彼女の表情が見えない。
「麻子ってさ」
頭が途端に冷静になる。
突然頭に浮かび上がった鮮明な映像。
初めてなはずなのに、懐かしいと感じる匂い。
ずっと身体の中に疼いていた違和感。
それらが、一つの馬鹿げた可能性へ僕を導く。

「麻子ってさ、タイムリープしたこと、ある?」
麻子がゆっくり振り返る。
純白のウエディングドレスを纏った彼女は、やはり美しく、そして、冷たく微笑んだ。