50音ショートショート

50音分のタイトルで短編を書き終えれたら、関係ないけどとりあえず仕事やめようと思う(-A-)

(す)澄んだ、空気と、淡い、夜更けに

子供の頃、「深夜」と呼ばれる時間帯は、恐ろしく長く、孤独なものだった。
家族が寝静まり、しんとした暗い部屋で、夜中ふと目が覚めてしまった時、進む時間の遅さに恐怖すら感じたものだ。
誰もが眠りにつくはずのこの時間帯に、自分だけが起きてしまっている。
取り残されてしまっている。
早く寝なきゃ、と焦れば焦るほど目は冴える。
ぎゅっと目を閉じても頭は思考をやめてくれず、普段は考えないようなことが、不安が、淋しさが、ぐるぐる頭の中に浮かんでは消える。
そして、気付くと眠りに落ちている。

子供の頃の「深夜」は、そういうものだった。

そんな「深夜」も、成長するごとに捉え方が変わってくる。
それは「大人の時間」として、憧れの対象になり、いずれ「ただの夜」となる。

大人になってしまえば、深夜なんて長くもなんともない。
手当たり次第誰かに連絡をとってみれば、何人かは起きているし、外に出れば24時間営業の店が平然と光を放っている。
深夜であろうと、世界は当たり前に動き続けている。
そんなことも知らない幼い頃の私は、ただ未知なる「深夜」にぶるぶると怯えていたわけだ。


午前4時をまわった。
もはや夜は更け、早朝と呼ばれる時間帯。
8月の空は、既に深いネイビーから淡い白へと変わり始めている。

私はマンションのベランダで一人、旨いとも思わない煙草をだらだらと吸う。
こんな私を、「深夜」に震えていた頃の私が見れば目を丸くするかもしれない。

吐き出す煙は、空の色に優しくとけていく。
空気は、澄んでいる。
空はどんどん明るくなる。
それを「希望」と呼ぶ人がいる。
「絶望」を感じる人もいる。

私は、今の私は、この夜明けに何を感じているのだろう。
子供の頃には想像もつかないその答えを、私は一人心に留め、ただ空に向かってふうっと煙を吐き出した。