50音ショートショート

50音分のタイトルで短編を書き終えれたら、関係ないけどとりあえず仕事やめようと思う(-A-)

(と)時の友

iPodが壊れた。
中学三年生の誕生日に買ってもらったものだから、10年と7ヶ月ほぼ毎日使っていたことになる。
皆が持っているものより、かなり大きめのiPodだった。
古いモデルで、ビジュアルも良くはなかった。でも、容量が大きくて、その中にいくら音楽を入れてもいっぱいにはならなかった。
社会人になって、「今時ケータイで音楽は聴けるじゃない」と同僚に笑われることもあったが、私はそれを手放す気がおこらなかった。

いつからかは覚えていないけれど、よくフリーズするiPodだった。
曲をシャッフルするといつも偏った選曲をした。
だけど、落ち込んでいたり、センチメンタルな時に限って、妙に気の利いた曲を流してくるiPodだった。

つまるところ、私はとてもこのiPodを気に入っていた。

片方のイヤホンが聴こえなくなったのは2ヶ月前だった。
ジョンレノンの声がやけに薄っぺらく聴こえて、おや?と思った。
何曲か再生してみたが、右側が聴こえない。
イヤホンの不調かと思って、家に転がっていたヘッドホンを繋いでみた。
だけど、変わらなかった。
念のため新品のイヤホンも買って試したが駄目だった。

調子が悪いだけだと思うことにした。
今まで何度も「壊れた」と思うことはあった。
だけど、なんだかんだで10年7ヶ月も頑張ってきてくれたんじゃないか。
またすぐケロッと元に戻るはずだ。

私は半分事切れた音楽をしばらく聴き続けた。
ベース音は薄まり、左右で掛け合うような歌は完全に意味のわからない歌詞となった。
だけど、使い続けた。それは、大袈裟に言うと、祈りにも似ていたように思う。


2ヶ月経った頃、もう片方も聴こえなくなった。
Googleヤフー知恵袋を駆使して、素人なりに復旧作業を試みてはみたが、駄目だった。
一応電気屋にも行ったが、「もう部品がないから修理はできない」と、少し迷惑そうにあしらわれた。

私は途方にくれた。
「音楽聴けるアプリ教えてあげるよ」と、友達は私のケータイにミュージックアプリをダウンロードしてくれた。
「新しいのを買ってあげようか」と恋人は言ってくれた。
だけど、私はどちらの好意にも、苦い顔で首を横に振るだけだった。
ただ音楽が聴きたいわけじゃない。
ましてや、新しいのが欲しいわけでもない。
私は、あの10年と7ヶ月を共にしたボロいiPodを元に戻して欲しいのだ。

中学3年生の頃、受験勉強に疲れた時、いつもあのiPodBUMP OF CHICKENを聴いた。
上手くいかなかったり、どうしようもなく不安になったら、布団に包まって何度も何度も聴いた。

高校2年生の頃、あのiPodのイヤホンを分け合って、チャットモンチーやRADWINPSを友人と聴いた。
大好きな人と一緒に聴いて、一緒に歌って、ケンカした時ですら繰り返し聴いた。

大学2年生の時、あのiPodでback numberやクリープハイプを聴きながら歩いた。
どんなに長い距離でも、音楽がある限り、ありきたりな風景はカラフルに見えて飽きなかった。

別に、私のあのiPodが壊れたって、音楽はなくならない。
BUMP OF CHICKENも、チャットモンチーも、RADWINPSも、back numberもクリープハイプも、今だってTSUTAYAに行けばあるし、ケータイでも聴ける。
でも、違うのだ。
あの、大きくて、重くて、すぐフリーズして、ダサいiPodと、私は一緒に年をとってきたのだ。
ただ音楽が聴ければいいんじゃない。
私はただ、これからも、こいつと一緒に色褪せていく音楽を聴き続けたかったのだ。

だけど、上手く伝えられない私は、ただ、力なくヘラヘラ笑う。
新しいiPodも、アプリもいらない。
ただ、ヘラヘラ笑って、このiPodを、鞄のポケットに忍ばせ続けるのだ。