2018-01-01から1年間の記事一覧
iPodが壊れた。中学三年生の誕生日に買ってもらったものだから、10年と7ヶ月ほぼ毎日使っていたことになる。皆が持っているものより、かなり大きめのiPodだった。古いモデルで、ビジュアルも良くはなかった。でも、容量が大きくて、その中にいくら音楽を入れ…
「僕はね、かっこいい大人になりたかっただけなんですけどね」男は、まるで「とほほ」とでも言わんばかりの間の抜けた笑みを虚しく浮かべながら、そっと呟いた。かれこれ30分ほど前から男が書き始めている遺書は、既に3ページ目に突入している。「それが、ま…
子供の頃、「深夜」と呼ばれる時間帯は、恐ろしく長く、孤独なものだった。家族が寝静まり、しんとした暗い部屋で、夜中ふと目が覚めてしまった時、進む時間の遅さに恐怖すら感じたものだ。誰もが眠りにつくはずのこの時間帯に、自分だけが起きてしまってい…
【2014年 ラーメン屋にて】岡山宏が昨日と全く同じ店で、昨日と全く同じ塩ラーメン定食を注文したのを見て、僕は、おや、と思った。そういえば、今日の岡山は、いつもの色褪せたパーカーとジーンズではなく、彼にあまり似合わない紺色のポロシャツとワイン色…
今朝から歯が痛くて仕方ない。しかし、今はそんなことに気を取られていては駄目だ。今は、私の人生において、きっと重要な場面なのだ。この場面に集中しなければならない。私はぐっと眉間に皺をよせ、彼の泣き出しそうな横顔を無言で見つめた。「佳子には本…
理想の死に方は不慮の事故だ。たとえば、青信号の横断歩道を渡っている最中、信号無視で突っ込んできた車に撥ねられて死ぬのが好ましい。さらに言えば、その車の運転手が飲酒していたり薬物中毒者であれば、一層同情も集まるので好ましい。もっと欲を出すの…
息子が万引きをした。それは僕にとって、かなりセンセーショナルな事件だった。僕が務める会社に、颯太の通う小学校から電話がかかってくるなんてことは初めてだったし、颯太が万引きという「非行」に走ったのもやはり初めてだった。会社の同僚に早退するこ…
隣の席に座った男の顔を見たとき、ぴんときた。男が網棚に何やら荷物を押し込み、座席に腰掛ける際、一瞬だけ目があったのだ。その「ぴん」は、運命の人を見つけた時の「ぴん」でもなければ、「あ、◯◯さんだ」という明確な「ぴん」でもない。誰かはわからな…